猫の交差点

食べもののこと、登ったこと、思ったこと。

どこから来たの

マンションの入り口で、薄茶のランドセルを背負った小学生と一緒になった。
エントランスの扉を開けてくれたその子は、私をじっと見て言った。

「どこから来たの?」

私はしばし固まり、なにをどう聞き間違えたのかと、その音を頭の中で反芻した。
私は一体どこから来たのか?氷河に包まれた極北の地から、深い森のなかの穏やかな小川のほとりから、容赦ない日差しが照りつける果てしない砂漠から。旅人のようにここに来たんだっけ?
私は一体どこから来たのか?命が始まり、終わるまでの間に私はどこからどこまで行くのか?

私は三回聞き返した。彼は三回とも、控えめながらはっきりと同じ質問を繰り返した。少し高めの澄んだ声は、やっぱり「どこから来たの?」と言っていた。
「会社…です」
何か間違えた回答をせざるを得ない生徒のように、私はおずおずと答えた。
私の不安が当たったように、その子は少しがっかりしたような目をして、「あ」と「そう」の間のような音を漏らして軽くうなずいた。

そこで私は気がついた。

エレベーターに乗った彼に追いついた。点灯しているボタンによれば、彼はすぐに降りてしまいそうだ。私は静かに穏やかに聞いた。
「私がリュックを背負っているから、遠くから来たと思ったの?」
彼は、小さく、音も出ないほど小さく息を飲んで「どうしてわかったの?」と言った。
私は思わず微笑み、質問には答えず「このリュックで毎日会社に行ってるんだよ」と言った。
エレベーターを降りるとき、彼は振り返り小さく手を振ってくれた。私も手を振りながら「おやすみなさい」と言った。もっと気の利いたことが言えればよかったのにと思いながら。

今日も私は亀の甲羅のようなリュックを背負って会社に行く。
でもその会社は、雨に濡れそぼった古代の遺跡かもしれないし、入道雲と青空を背景にした南の島かもしれない。